研究紹介

1. 研究のはじまり

~インプリント遺伝子の網羅的探索からゲノムインプリンティングの生物学的意義の解明を目指す~

ゲノムインプリンティングは動物では哺乳類だけがもっている遺伝子発現のしくみである。1984年に、片親由来のゲノムのみでは正常に発生しないことから、父親・母親由来のゲノムに差異があることが見つかり 名付けられた現象である1-3(図1)。1985年には、X線照射で染色体転座を起こした部分的片親性2倍体マウスを用いて、常染色体上で父親・母親由来のゲノムの機能的差異がある場所がマップされ、その後もインプリント領域は増えていった4,5(図2)。

我々はインプリント領域には片方のゲノムからしか発現しない “インプリント遺伝子” が存在すると仮定し、1989年より、ゲノムインプリンティングの発見者の一人である英国ケンブリッジのスラーニー博士の研究室に留学し、インプリント遺伝子の体系的な探索を始めた。少なくともインプリント領域に対応する遺伝子数を見込み、網羅的な探索に意味があると考えた。インプリント遺伝子は次のようカテゴリーの遺伝子が含まれることを予想していた。

  1. ① 外来DNA由来の遺伝子(ゲノムインプリンティングはウイルスなどの外来のゲノムが飛び込んだ事に対する防御機構として成立したと考えていたため)
  2. ② 哺乳類特異的な遺伝子(ゲノムインプリンティングは哺乳類特異的な機構であり、哺乳類にしかない遺伝子が含まれる可能性も考えたため)
  3. ③ 哺乳類の特徴である胎生を支える胎盤の構造・機能に関係する遺伝子群(片親由来のゲノムのみを持つ単為発生胚が胎盤の異常を示すため)
  4. ④ 着床時の初期母子免疫寛容に関わる遺伝子(胎盤は母親にとって異物であるため)

特に①の遺伝子が多数見つかることを期待していた。

研究のコンセプトをまとめると下図のようになる。

コンセプト図の黄緑と黄色のだ円が重なった部分の遺伝子の発見を研究の一番の目的とした。なぜなら、哺乳類だけの遺伝子発現のしくみを持つインプリント遺伝子群の中の獲得遺伝子は、哺乳類になって初めて手に入れた遺伝子であり、その機能は哺乳類らしさ ~胎盤や胎生などの哺乳類の特徴~ に関わっているだろうと考えたからである。

図1 マウスの前核移植で作製した雌性単為発生胚と雄性(雄核)発生胚の発生
受精後、精子と卵子由来の前核(青丸と赤丸)が融合する前に、入替え手術を行い作製した赤丸2つ、青丸2つからなる雌性単為発生胚、雄性(雄核)発生胚はどちらも初期胚致死性を示す。前者は胎児はやや小さいが正常に発生しているが、著しい胎盤の形成不全を示す。後者は胎児の発生が遅れ、胎盤(一部の重要な組織を欠く)の過剰形成が起きている。この実験により、哺乳類の正常な個体発生には、父親・母親由来の両方のゲノムが必要であること、父親・母親由来のゲノムは、それぞれ異なる役割をしていることが明らかになった。
図2 染色体部分片親性2倍体マウスの示す表現型
X線を当てて染色体転座(ロバートソニアン転座)を起こしたマウスを掛け合わせることで、染色体の一部を片親性2倍体で持つマウスを作製することができる。発生、生育、行動にさまざまな異常表現型が見られた領域は、父親・母親由来のゲノムに機能的差異があると考えられインプリント領域と呼ばれる。我々は、胎児期に致死性を示すインプリント領域には胎盤に関係する重要なインプリント遺伝子があると考えた。例えば、染色体6番近位部の母親性2倍体が示す初期胚致死は、図1の雌性単為発生胚の初期胚致死性の原因インプリント遺伝子の存在を、また染色体12番遠位部の母親性2倍体が示す胎児期後期・新生児の死および成長不良は、ここに胎盤の機能に重要なインプリント遺伝子の存在を示唆すと考えた。

参考文献

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2. インプリント遺伝子PEGMEG

図1の雌性単為発生胚と正常受精胚で発現に差のある遺伝子を引き算で濃縮する方法を開発し、父性発現遺伝子群(Paternally expressed gene, PEGと命名)の同定を進めた。この方法を主として12個のPEGを単離し、8ヵ所のインプリンティング領域に同定した6-13。また、雄性発生胚と正常受精胚で発現差のある母性発現遺伝子群(Maternally expressed gene, MEGと命名)を11個、5カ所のインプリンティング領域に同定した13-15。これは1研究グループにおいて最多の同定数である。この研究成果から図1と図2が繋がり、PEGMEGの存在がゲノムインプリンティング現象の実体であることが明らかになった。インプリント領域は複数のPEGMEGが混在したクラスターであることがわかり、1つのインプリント遺伝子の周辺に多数のインプリント遺伝子が見つかった(図3)。

当初は、母親のリソースを巡る父親・母親由来のゲノム間のコンフリクト(対立)から、PEGは胎児・胎盤の成長促進、MEGは逆に成長抑制に機能するというコンフリクト仮説が提唱されていた16。しかし、生化学的機能が多様(または不明)なインプリント遺伝子が増えると、コンフリクト仮説の例外が増え、遺伝子の共通機能からゲノムインプリンティングの生物学的意義を考えることは逆に難しくなった17。発見されたインプリント遺伝子はすべてが胎盤で発現する遺伝子であったため、これを新胎盤仮説として提唱した17。胎盤での機能が不明なものも多く、ただ機構的に胎盤で発現しているだけという可能性もある。

我々が初期に同定したインプリント遺伝子の中にはPeg1/Mest18, Peg319のように、父親からこの遺伝子の欠失を受け継いだメスが、子育て放棄をするという面白い異常が観察されている。しかし、遺伝子カテゴリー①で予想した「外来DNA由来の遺伝子」はPEG10PEG11のみで、期待していたより数は少なかった。

図3 マウスのインプリント遺伝子地図
マウスで同定された主要なインプリント遺伝子(PEG(青)とMEG(赤))の位置を示す。白抜きにした遺伝子は我々の研究室で分離したインプリント遺伝子(既知のものも含む)を表している。予想通り、ほとんどのPEGMEGは図2のインプリント領域にマップされた。また一つのインプリント領域は複数のPEGMEGから構成されることから、ゲノムインプリンティングは領域制御機構であることがわかる(図4参照)。一方で、各インプリント領域の示す表現型異常の原因遺伝子はこの中の1つか2つであり、多くの機能不明なインプリント遺伝子が存在することも明らかとなった。

参考文献

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3. DMRの起源

〜片親性発現の分子機構から生物学的意義を考える〜

インプリント遺伝子の発見に伴って、ゲノムインプリンティングは領域制御の片親性遺伝子発現機構であり、その制御の中心的な役割を果たすのは、雌雄のゲノムでDNAメチル化の差異を示す領域(Differentially methylated region: DMR)であることがわかった17,20-21。DMRのメチル化の有無によって父親由来のゲノムからはPEG、母親由来のゲノムからはMEGだけが発現する(図4, インスレータモデル22,23)。言い換えると、DNAメチル化状態の異なる2つのゲノムによってPEGMEGの両方の発現が保証され、正常な発生が進む仕組みである17

なぜ、このような特殊な状況が生じたのだろうか?プロモータ、エンハンサ、インスレータ、インスレータ結合タンパク質は真核細胞に共通して存在し、この仕組みの中で哺乳類特異的な要素はDMRだけである。各DMR間にDNA配列の相同性は全く無く、この疑問は長らく未解決であった。しかし、PEG10という外来のDNA由来の遺伝子の発見11PEG10プロモータがDMRになっているという発見(図5)24をきっかけとして、DMR配列こそが外来のDNA配列の挿入から成っており、DMRにあたる配列の挿入とゲノムインプリンティング制御が始まった時期が一致するという事実を突き止めた(図6)25-28

PEG10遺伝子の挿入に伴い、鳥類や単孔類のゲノムには無かったCpG含量の高い新しいピーク(メチル化のターゲットになりやすい)が出現したが、そこがPEG10のプロモータ部位であり、PEG10-DMRでもある部位と一致したのがわかる(図5)。図6にはPEG10を含めて哺乳類の進化上、各領域のDMRがゲノムに新しく出現した時期を示している。*で示した2つの例外を除き、全てがインプリンティング制御の獲得時期と一致している。例外となるSlc38a4, Snrpn領域はどちらも真獣類でインプリント制御が見られるが、DMRとなるDNA配列自体の出現時期はそれより早い。これらの場合、DMRのすぐ隣で染色体組み換えという大規模なゲノム変化が真獣類で起きていた25.29。すなわち新しいインプリント領域の出現は、その領域へのDMR配列の挿入や染色体組換えなどの大規模なゲノム配列変化が生じた時期と一致することがわかる。

DMRには遺伝子/アンチセンスmRNAのプロモータやインスレータ、サイレンサなど、cisで機能し周辺の遺伝子発現に影響を与える活性があることが知られている。この活性をDNAメチル化で制御しているのがゲノムインプリンティングである。これは①で予想した「外来DNA由来の遺伝子」ではなく、「外来DMR」の挿入に対する防御機構としてゲノムインプリンティングが成立したことを示唆している。ゲノムの防御機構というアイデアは形を変えて復活したことになる。

図4 ゲノムインプリンティングの制御機構
インスレータモデルはDMR配列のメチル化の有無でPEGMEGを制御するゲノムインプリンティングの代表的機構である。
上段:Paternal chromosomeでは、Gene 3のプロモータ上流にあるインスレータ配列にCTCFタンパク質(インスレータ結合タンパク質)が結合することで、下流のエンハンサ(プロモータ活性を上げる機能を持つ)の作用が止められるため、上流のGene 1、Gene 2は発現できない状態にある。
下段:Maternal chromosomeでは、Gene 3のプロモータ領域とインスレータ配列がDNAメチル化を受けることで、Gene 3は発現抑制される。一方、CTCFタンパク質がインスレータに結合できなくなるためGene 1、Gene 2がエンハンサの作用を受け発現が誘導される。
Gene 3のプロモータとインスレータ領域は、父親・母親由来のゲノムでDNAメチル化の差異のある領域(Differentially methylated region:DMR)であり、インプリント制御に中心的な役割を果たす。インスレータの存在によりPEGMEGが同一の染色体から同時に発現できない状態にある。
図5 PEG10-DMRの出現
PEG10領域を胎生のヒト・マウス(真獣類)およびワラビー(有袋類)、卵生のカモノハシ(単孔類)、ニワトリ(鳥類)と比較すると、PEG10プロモータ領域の挿入によりCpG含量が高いピークが胎生の動物に生じており(左のピンク色の領域)、その位置はDMRに相当している(右のピンク色の領域)。
図6 DMRの出現時期とゲノムインプリンティング制御の開始時期
各インプリント領域のDMRに相当するDNA配列がゲノム上に出現した(挿入された)時期を表す。これらはインプリント領域の出現と一致している(2つの例外は*で示す)。PEG10-DMRとH19-DMRは有袋類と真獣類の分岐前にゲノムに挿入され、大部分のDMRは真獣類の共通祖先ゲノムに挿入された。その後、系統特異的にインプリント領域がDMRの挿入とともに出現していることがわかる。*で示したSlc38a4Snrpn 領域は真獣類特異的なインプリント領域であるが、DMRに相当するDNA配列の挿入時期はそれより早い。どちらの領域も真獣類の共通祖先においてDMRの極近傍で染色体組み換えが起き、全く新しい染色体領域となっている。すなわちゲノム配列の挿入や大規模な変化とインプリント領域の出現は一致しており、DMRとしてメチル化の差異が生じることがわかる。()内はマウス染色体番号と部位を示す(prox:近位部、cent:中央部、dis:遠位部)。

参考文献

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4. 哺乳類特異的獲得遺伝子PEG10と胎盤形成

胎盤形成に必須なインプリント遺伝子は、母親性2倍体が初期胚致死を起こすマウス6番染色体近位部のインプリント領域(図2)にあると考え、ヒト相同領域の探索からPEG10遺伝子を発見した。面白いことに、これはLTRレトロトランスポゾンというレトロウイルスに類似した構造を持つ外来のDNAが哺乳類ゲノムに挿入され、それが遺伝子に変化したものだった11。鳥類や魚類には存在せず、哺乳類特異的に存在する遺伝子であった11。このような外来の遺伝子が本当に胎盤形成に必須な機能を持つのかどうか、遺伝子をノックアウトして機能を調べたところ、Peg10 KOマウスは胎盤形成不全で初期胚致死になった30(図7)。PEG10が当初に想定したカテゴリー①の外来遺伝子かつ②の哺乳類特異的遺伝子に合致するだけでなく、カテゴリー③の胎盤形成に必須なインプリント遺伝子であることも明らかになったのである。

オーストラリアの研究者とともに行った卵生の単孔類、胎生の有袋類と真獣類における比較ゲノム解析から、PEG10が有袋類と真獣類に共通する遺伝子であること、インプリント制御も有袋類と真獣類で共通にもつこと、そして新しく挿入されたPEG10プロモータ部分がDMRになっていることを明らかにした(3の図5参照)24。これから哺乳類における胎生の成立とPEG10の獲得時期が一致することが確認できた24(図8)。こうして胎生という哺乳類の特徴に関係する哺乳類特異的な獲得遺伝子という新しい概念を支える具体例を示すことができた26-29

胎盤は母子間の栄養・酸素交換に働く機能を持つ臓器・組織の名称であり、羊膜類(爬虫類、鳥類、哺乳類からなるグループ)が共通してもつ胚体外組織(発生過程の胎児以外の部分)に由来する。有袋類は短い妊娠期間を持ち、真獣類と比べて未成熟な仔を出産するが、胎盤には卵黄嚢と漿膜が接した簡易的なものが使われている。一方、真獣類は長い妊娠期間を持ち、成熟した仔を出産するが、胎盤は尿膜と漿膜が結合して複雑な浸潤組織を持つ高機能性のものになっている(図9)。我々は既存の胚体外組織を胎盤へと変化させるきっかけの鍵となったのが、外から飛び込んできて遺伝子となったPEG10であると考えている。

図7 Peg10 KOマウスは胎盤形成不全により初期胚致死性を示す
PEG10はsushi-ichiレトロトランスポゾンのGagとPolに相同性を示すタンパク質をコードし、GagのRNA結合モチーフであるCCHC配列、Polのプロテアーゼ活性中心のDSGモチーフは保存されている。また、LTRレトロトランスポゾンとレトロウイルスに存在するGag-Pol融合タンパク質を作る-1フレームシフト機構も保存されている。Peg10 KOマウスは著しい胎盤形成不全によりd9.5以降の発生が進まない(写真はd11.0)。
図8 哺乳類におけるPEG10遺伝子の出現
胎生の哺乳類(真獣類と有袋類)にのみPEG10は存在し、卵生の哺乳類である単孔類、卵生の鳥類、魚類のゲノムにはPEG10は存在しないことから、PEG10の獲得と胎生の開始時期は一致することがわかる。
図9 羊膜類に共通する胚体外組織からの胎盤の出現
高等脊椎動物である羊膜類(爬虫類、鳥類、哺乳類)は、個体発生時に胎児以外に4つの胚体外組織(羊膜、卵黄膜、尿膜、漿膜)を持つ。哺乳類の胎盤は、これらから派生してできた臓器であり、有袋類は卵黄嚢と漿膜が接した胎盤を、真獣類は尿膜と漿膜が結合して複雑な浸潤組織を持つ胎盤を形成する。灰色は栄養膜(トロホブラスト)細胞を表す。

参考文献

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5. 真獣類特異的獲得遺伝子PEG11・SIRH遺伝子群と哺乳類らしさ

マウス染色体12番遠位部のインプリント領域では母親性2倍体マウスが胎児期後期からの成長遅滞や胎児期後期・新生児致死という表現型が見られる(図2)。我々はこれが胎盤の機能異常によるものと予想し、原因インプリント遺伝子の同定を目指した。この領域のマウスゲノムを独自に解読し複数のPEGMEGを同定したが(図3)、この中のPEG11(現在はRetrotransposon Gag-like 1, RTL1が正式名)はPEG10と同じLTRレトロトランスポゾンのsushi-ichiレトロトランスポゾンに相同性を示す遺伝子だった。この領域に関しては、ベルギーのグループからヒツジPEG11を含め同様の結果が報告された31

Peg11/Rtl1 KOマウスでは、予想通り胎児期後期・新生児致死や成長遅滞が再現された32(図10)。胎盤には胎児毛細血管という母親と胎児の血液間での効率的な栄養・酸素交換に機能する構造があるが、KOマウスではこの構造を胎児期後期まで維持できないことが原因である32,33。この胎児毛細血管は真獣類型胎盤に特徴的な構造である(図9参照)。イギリス・オーストラリアの研究者は有袋類のこの領域にPEG11/RTL1とすべてのMEGは存在せず、インプリント制御もないことを報告した34。すなわちPEG11/RTL1PEG10と異なり有袋類には存在しない遺伝子であるが、真獣類の長い妊娠期間を支える胎盤構造の維持に関係する真獣類特異的獲得遺伝子の良い例となった26-28

PEG10PEG11/RTL1のようにsushi-ichiレトロトランスポゾンのGag-Polと相同性を示すタンパク質をコードし(図11)、哺乳類特異的獲得遺伝子として機能するものはどのくらい存在するのだろうか?マウスとヒトのゲノムで網羅的に探索し、PEG10PEG11/RTL1以外に新たに9個の候補遺伝子を同定し、11遺伝子をsushi-ichi retrotransposon homologues (SIRH) 遺伝子群(新規遺伝子をSIRH3-SIRH11)と命名した(図11)30。異なる名称もいくつか提案されたが35,36、現在ではPEG10, LDOC1SIRH7)以外はRTLが正式名称である。PEG10だけが唯一獣類(有袋類と真獣類)に保存され、残りは全て真獣類特異的遺伝子である37-39

SIRH/RTL遺伝子の大部分はGagに相同性を持つ部分しかもたない小さな遺伝子である。本当に何らかの機能を持つのかどうか、KOマウスによる機能解析を順次行なった。これまでに未発表のものを含め9/11の遺伝子で機能を確認したところ、“胎盤”“脳”で機能する2群に大別された(図12)。

“胎盤”グループにはPeg10, Peg11/Rtl1Sirh7/Ldoc1 (Rtl17)が含まれる。胎盤の重要な機能として、胎児への栄養供給の他に妊娠維持に関わる内分泌制御がある。胎盤を構成する各種の細胞はそれぞれ異なる時期に異なる胎盤ホルモンを産生する。Sirh7/Ldoc1 KOマウスではこれらの細胞の分化・成熟の異常により胎盤構造が乱れ、ホルモン制御にも乱れが生じる(図13)。特に妊娠維持ホルモンであるプロゲステロン(P4)が分娩前に十分落ち切らないため出産遅延が引き起こされ、その結果、母親が子育てを放棄するため大部分が新生児致死になる37

脳”グループは、KOマウスがそれぞれ異なった興味深いある行動異常を示す。Sirh11/Zcchc16 (Rtl14)(大脳皮質のノルアドレナリン蓄積量低下による新しい環境への適応不全と衝動性の昂進)(図14)38Sirh3/Ldoc1l (Rtl6)(不安様行動の増加と活動性の低下)(論文投稿中)、 Sirh8/Rgag4 (Rtl5)(統合失調症に共通するプレパルス・インヒビション反応低下)(未発表)とSirh4,5,6 (Rtl8c,a,b)(攻撃性の更新と子育て放棄)(未発表)などがあり、ヒトの神経疾患との関係が示唆されるものもある。高度の脳機能は哺乳類の特徴の一つであり、これらは真獣類特異的遺伝子として真獣類の脳機能の進化に関係した可能性が高いと考えている(図12)。

図10 Peg11/Rtl1 KOマウスは胎盤機能不全で胎児期後期致死性を示す
PEG11もsushi-ichiレトロトランスポゾンのGagとPolに相同性を示すタンパク質をコードし、Polのプロテアーゼ活性中心のDSGモチーフは保存されている。Peg11 KOマウスは胎盤機能形不全により胎児期後期致死性(中:写真はd16.5)や胎児期後期以降の成長遅延(下)を示す。
図11 Sushi-ichiレトロトランスポゾンに相同性を示すSIRH/RTL遺伝子群
SIRH遺伝子群はsushi-ichiレトロトランスポゾンGagにタンパク質レベルで20~30%の相同性を示す。互いの相同性もそれぞれ20~30%であることから、個別の機能を持つと予想される。
図12  SIRH/RTL遺伝子群の生物学的機能
SIRH遺伝子群は胎盤や脳機能という真獣類の進化に関係した特徴を持つことから、哺乳類にとって重要な遺伝子として保存されたことがわかる。(灰色の遺伝子は未発表、Sirh9Sirh10の機能は同定できていないため未掲載)
図13 Sirh7/Ldoc1 KOマウスは胎盤構造とホルモン産生の異常を示す
SIRH7はsushi-ichiレトロトランスポゾンGag に相同性を示す。初期胚期に将来の胎盤になる部分で高発現し、多様な胎盤細胞のすべての発生・分化に影響を与える。KOマウスでは胎盤の3層構造の乱れ(左)だけでなく、巨大栄養芽細胞層で作られるプロゲステロン(P4)の発現量の増加が見られる(右)。げっ歯類ではP4は卵巣だけで作られる(緑線)と信じられてきたが、妊娠が成立する時期に一時的に卵巣での産生が低下し、代わりに胎盤でP4が産生される(赤線)ことを我々は報告した。血中P4濃度(青線)が下がるこの時期に、胎盤で産生されるP4が妊娠維持へ機能すると考えられる。
図14 Sirh11/Zcchc16 KOマウスの示す行動異常
SIRH11はsushi-ichiレトロトランスポゾンGag に相同性を示し、RNA結合モチーフであるCCHCが保存されている。A. 通常のマウス(黒線)は5日間の連続飼育で環境に慣れ活動量のピークが低下するが、KOマウス(青線)は同じレベルを示す。B. 明暗箱試験では明所へ飛び出すまでの時間(潜時)が減少し、明暗の出入り回数が増加する。C.これらの行動異常は大脳皮質におけるノルアドレナリンの蓄積量の低下(黒丸)が原因と考えられる。

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6. ゲノムインプリンティングと獲得遺伝子からみる生物進化

なぜ、哺乳類では発生に重要な遺伝子が片親性発現という生存に不利な機構が維持されているのだろうか?両親由来の2本のゲノムから遺伝子発現をすることは、劣性遺伝病の発症を防ぐ機構として2倍体の生物に有益であるため、ゲノムインプリンティングは一見すると、有利なものが生き残ると考えるダーウィン進化論とは矛盾する機構に見える17, 27, 28

我々はゲノムインプリンティングのきっかけがゲノム防御機構であると考えていたが、この考えは制御領域であるDMRが外来DNA配列に由来するという事実から支持される24-28。しかし、ゲノムインプリンティングの重要性はむしろ、結果として片親性遺伝子発現自体が個体発生に必須な機構となっている点にある。例えば図4のインプリント領域の場合、インスレータ機能を持つ外来DNA配列の挿入により上流の遺伝子が発現できない状況になる。防御反応により外来DNA配列をDNAメチル化した場合、上流の遺伝子の発現が誘導される代わりに、インスレータ配列に近接する遺伝子の発現が抑制される。すなわち、挿入によって生じたゲノム配列の構造上の変化により、1本の染色体から挿入部位周辺の遺伝子をすべて発現することは不可能になる。機能を失う遺伝子が生じてしまうのである。この場合、挿入部位のメチル化の有無を変えて(DMR状態にする)、その領域のすべての遺伝子を父親・母親由来のゲノムからPEGMEGに分けて片親性で発現できれば、個体の生存には有利な状況が生まれるであろう。

この片親性発現による危機回避が哺乳類に広くゲノムインプリンティング機構が保存される理由と考え、我々は相補仮説(Complementation hypothesis)として提唱している17,27,28。いわば、片親性発現は致死から個体を守るための “進化上のトレードオフ” と言えるだろう27,28

ゲノム防御機構を起源としたゲノムインプリンティングは、父親由来・母親由来のゲノムの1)相補性(コンプリメンテーション)の獲得により哺乳類に必須の機構となり、2)競合(コンフリクト)によるPEGMEGの選択が胎生への適応として加わったと考えられる。

一方の獲得遺伝子はまさにダーウィン進化論の非常に良い例と言える。ダーウィンは自然選択により“種の起源”を説明したが、SIRH遺伝子は獲得された後、正の淘汰を受けた遺伝子として集団内に広がり、有袋類真獣類の形成につながったと考えられるからである(図15A、B)27,40,41

自然選択では個体間の競争の重要性が強調されるが、確かに一つ一つの遺伝子について考えると、まさにこのスキームが成り立っている。しかし、真獣類の成立には多くの獲得遺伝子が関わった事実を考えると、遺伝子獲得をした1個体の系列に次々に遺伝子獲得を繰り返すモデル(図16A)以外に、複数の個体に独立に獲得された遺伝子が集団間の交配によって集積されるモデルのように個体間の協調が重要性をもつ自然選択の形も見えてくる(図16B)41

多数の個体の存在は、その集団に多数の有益な変異を生み出し、交配でより良い組み合わせを生み出す可能性を高めている。集団の未来の可能性を支えているのは集団の多様性である。ダーウィン進化論では、個体間の競争(コンペティション)に加えて協調(コーポレーション)も重要な意味を持つと考えられる。

図15A
図15B
図15 哺乳類における獲得遺伝子の出現
A. PEG10の場合:単孔類と分岐した後、獣類の共通祖先ゲノムに挿入されたLTRレトロトランスポゾン配列が、有袋類と真獣類の分岐前に機能を獲得して選択され、この2つのグループに広がった。B. PEG11:有袋類と真獣類の分岐後に、真獣類の共通祖先ゲノムに挿入され、機能を獲得した後、選択され真獣類すべてに広がった。SIRH3-11遺伝子の場合も同様のスキームが成り立つが、真獣類が4系統に別れた後、機能を失ったケースもある(SIRH11は南アメリカ起源の異節類では偽遺伝子化している)。
図16A
図16B
図16 真獣類における多重遺伝子獲得のモデル
PEG11と9個のSIRH遺伝子群は真獣類でどのように獲得されたのか? A. 有袋類との分岐後、真獣類の共通祖先につながる1つの系統で、順番に挿入され機能獲得して選択されたモデル B. 有袋類との分岐後、複数個体に挿入され機能獲得された各々の遺伝子が、集団間の交配を通じて1つの系統に集まることにより真獣類の共通祖先が生じるモデル。どちらのモデルも獲得遺伝子が自然選択により正の選択を受けるダーウィン進化のスキームにあてはまる。

参考文献

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7. PEG11/RTL1は真獣類の胎生機構への対応や脳機能の発達にも関係した

哺乳類らしさの構築にPEG11/RTL1が重要な貢献した2つの新しい証拠が加わった。第5章ではPEG11/RTL1が胎盤機能の維持に関わることを紹介したが、今回、胎児期及び新生児期特異的に筋肉発生に関わること42、脳神経系の発達にも重要な機能を持つことを明らかにした43。これはPEG11/RTL1が真獣類の胎生機構への適応や真獣類の運動・感覚系の神経機能の向上に関係した証拠と考えられる。

発見の発端になったのは鏡−緒方症候群 (KOS14)、テンプル症候群 (TS14)と呼ばれるヒトのゲノムインプリンティング疾患である(図17)。これらはヒト染色体14番染色体の父親性・母親性二倍体で発症する症候群で、特に、鏡−緒方症候群は日本では難病指定されている非常に重篤な疾患である。ベル型肋骨という奇形を特徴とし、呼吸不全による新生児致死や、腹直筋断裂などの筋肉疾患、胎盤過形成や羊水過多などの妊娠中の異常、出生後の呼吸管理で生きることができたとしても知的発達障害、摂食障害を伴う成長遅滞などの精神・神経疾患を呈することが知られている。一方、テンプル症候群は出生前及び出生後の成長遅滞、筋緊張低下、摂食障害、発語の遅れ、軽度の知的障害、思春期の早発などが見られる。それぞれ症状は異なるものの、どちらにも胎盤、筋肉、脳神経系の異常が見られる。

2008年に私たちはマウスモデルで、Peg11/Rtl1の欠失により胎盤の胎児毛細血管の機能を維持できないために、出生前の成長遅滞や胎仔期後期致死を引き起こすこと、一方でPeg11/Rtl1の過剰発現も胎盤の胎児毛細血管の異常を引き起こすことを明らかにした32。モデルマウスを用いたPeg11/Rtl1の欠失と過剰は、それぞれテンプル症候群の出生前の成長遅滞、鏡−緒方症候群の胎盤過形成に相当するため、PEG11/RTL1が2つの症候群における胎盤異常の原因遺伝子であると報告した32。鏡−緒方症候群のべル型肋骨や致死性、知的発達障害については、マウスの筋肉や脳ではPeg11/Rtl1発現が見られなかったため、長い間原因が解明できなかった。

しかし、これらの報告から10年が過ぎて、Peg11/Rtl1の特異的抗体を用いてマウスの筋肉や脳を調べ直したところ、胎仔期・新生仔期特異的に筋肉でPEG11/RTL1タンパク質が発現していることに気づいた。 mRNAの発現はRT-PCR のサイクル数30回で検出される程度の非常に低レベルの量であった42。離乳後(3~4週令)以降では全く検出されないため、離乳期や成体のマウスの筋肉をいくら調べてもPeg11/Rtl1が検出できなかった理由も明らかになった。

マウスの発生過程を見てみると筋肉発生が起こるごく初期から胎児でPEG11/RTL1タンパク質の発現が確認される。筋肉の幹細胞であるサテライト細胞(衛星細胞)でも発現し、この細胞の成長速度にも影響していた。重要なことは四肢の筋肉よりも、呼吸に関係する肋間筋、腹筋、横隔膜でPeg11/Rtl1発現欠失、発現過剰の影響が大きく見られたことで、これが鏡−緒方症候群における呼吸不全を伴う新生児致死や腹直筋開裂、テンプル症候群の筋緊張低下などの原因であると考えられた(図18)42。筋細胞内ではデスミンという細胞内骨格として筋繊維の束を核膜、細胞膜に固定する機能を持つタンパク質44と共染色され、サルコメア構造のZバンドに存在することが明らかになった(図19)42

脳でのPEG11/RTLタンパク質発現は、新生仔の筋肉を調べていた際に、脊髄の神経繊維が特異的抗体で染まることで気がついた。調べてみるとPeg11/Rtl1 mRNAは筋肉よりもさらに低いレベルで脳や脊髄で発現していた(PCRのサイクル数で32~35回)。免疫染色では大脳皮質の第5層から脊髄に向かう運動神経(皮質脊髄路の全体)が綺麗に染まり、脳梁や海馬交連、前交連という左右の脳半球の同じ皮質部位をつなぐニューロンである交連繊維や、海馬采、脳弓という海馬記憶の外部出力経路や内側扁桃核という情動反応と記憶を司る部分もシグナルが検出された(図20)43。また、第6層から視床への感覚神経にも発現が確認されている。 これらの部位の機能障害は、鏡−緒方症候群、テンプル症候群に見られる運動性障害や知的発達遅延などの神経障害の原因となり得ると考えられた。また呼吸不全、摂食障害や発語の遅れなども筋肉の異常だけでなく、それらを神経支配する神経細胞側の異常が合わさった症状である可能性があり、鏡−緒方症候群、テンプル症候群は神経疾患と神経・筋疾患の両面があることが示唆された。マウスの行動解析でも著しい運動性の低下と不安様行動の亢進が観察されているが、マウスの行動異常と鏡−緒方症候群・テンプル症候群における疾患症状を直接対応させることは難しい。しかし、ヒトでも脳内におけるPEG11/RTLタンパク質の発現部位が同様であれば、脳の機能障害の有力な説明となるだろう。

進化的視点から見ると、皮質脊髄路は哺乳類だけに、脳梁は真獣類だけに見られる脳内構造である。哺乳類でも有袋類より真獣類の方が、手指運動の器用さが発達していることが知られている46, 47PEG11/RTL1タンパク質がこの2つの構造で発現していることは実に興味深い。脳梁は大脳皮質の同じ部位を直接結び左右半球の情報交換の速度を改善することで運動機能の進化に関与したと考えられている(図21)43PEG11/RTL1タンパク質の機能が加わることで皮質脊髄路自体の機能も亢進した可能性があるかもしれない。PEG11/RTL1タンパク質は神経細胞の軸索部分で発現しており、ミエリン鞘のようにこれが神経伝達速度に影響を与えているのかもしれない。脳梁形成にも関わるのか?という問題も提起され、新しい脳内構造の誕生の秘密が明らかにできるかもしれない。真獣類特異的獲得遺伝子PEG11/RTL1が脳機能に関与するという発見は、真獣類の脳機能進化を明らかにする上で重要な意味を持つであろう。

図17 RTL1/PEG11はゲノムインプリンティング疾患の鏡–緒方症候群、テンプル症候群の主要原因遺伝子である

ヒト14番染色体のゲノムインプリント領域はタンパク質をコードする3つのPEG (DLK1, PEG11/RTL1, DIO3) とノンコーディングRNAである4つのMEG (MEG3, AntiPEG11/antiRTL1, MEG8, MEG9) から構成される。通常、父親性2倍体の染色体異常では、その染色体領域に含まれるPEGの発現が2倍になり、MEGの発現が無くなる。しかし、この領域には、さらに特殊な要因が加わっている。それがPEG11/RTL1の発現制御様式である。PEG11/RTL1のアンチセンスに当たるAntiPEG11/antiRTL1には6つのmiRNAが含まれ、PEG11/RTL1 mRNAを標的として分解する。PEG11/RTL1の発現量はAntiPEG11/antiRTL1で制御されるため、AntiPEG11/antiRTL1の欠失はPEG11/RTL1の4~6倍の過剰発現を引き起こす。鏡―緒方症候群の場合、父親由来ゲノム2本に対して母親由来ゲノムが無いので、PEG11/RTL1量は4〜6倍となる。この過剰発現がこの疾患の胎盤、筋肉、脳における異常の全てに関わっていることが明らかになった。

テンプル症候群の場合、出生前後の成長不良に関してはPEG11/RTL1DLK1の両方の欠失が関与すると考えられる。一方、思春期の早発はDLK1の欠失によると考えられるが、筋肉関係の異常と脳神経系の異常のほとんどはPEG11/RTL1の欠失が原因と考えられる。

図18 Peg11/Rtl1の欠失・過剰発現による筋肉の異常

Peg11/Rtl1の欠失マウス(左)では筋細胞の直径が小さくなり、過剰発現マウス(右)では逆に大きくなっている。しかし、後者は固定処理を行うと細胞内の筋繊維束が収縮し、細胞膜との間に大きな隙間が生じる。これは筋細胞内に起きている構造異常を示唆する。また中心核の存在は筋細胞の未熟性を示している。筋細胞の強度は、欠失、過剰発現のどちらの場合でも弱くなっていると考えられる。

図19 PEG11/RTL1タンパク質とDESMINタンパク質の筋細胞における共局在
PEG11/RTL1とDESMINタンパク質はサルコメア構造のZバンド上に共局在し、蛍光染色像は横紋パターンを示す。
図20 PEG11/RTL1タンパク質の脳内における発現部位 (1) 矢状断面
新生児脳においてPEG11/RTL1タンパク質は大脳皮質5層から脊髄に至る複数の運動ニューロン(錐体経路)で発現している。皮質脊髄路は脊髄までを直接結ぶ経路であるが、これは哺乳類になって生じた新しい脳の神経経路である。左右の脳半球を結ぶ脳梁、海馬交連、前交連でも発現が見られるが、脳梁は真獣類になって生じた新しい脳構造で、この構造の誕生は真獣類の脳機能の向上に寄与したと考えられている。また、海馬からの出力経路や内側扁桃核といった記憶・情動に関わる部位にも発現が観察された。
図21 PEG11/RTL1タンパク質の脳内における発現部位 (2) 冠状断面
新生児脳においてPEG11/RTL1タンパク質は大脳皮質第5層、第6層で強く発現し、そこから出る脳梁繊維が左右半球を結んでいる。赤はPEG11/RTL1、緑は大脳皮質第5層マーカーのCTIP2を示す。新生児脳の脳梁では大脳皮質第5層、第6層間を結ぶニューロンが主となっているが、成体では、第2層、第3層に由来するニューロンが大部分を占める。
SIRH/RTL遺伝子群の生物学的機能
SIRH遺伝子群は胎盤や脳機能に加えて、筋肉形成にも関わっていた。

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